カメラの八百富|阪神・淡路大震災から15年

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㊥カメラ担当係 "S" です。本日もご覧いただきありがとうございます。

震災地から約40キロ離れた大阪府高槻市の住人ですが、いまでもあの時の「揺れ」思い出します。1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災から15年が経ちました。

今でも地震の揺れに遭遇しますと、これから本当の揺れが始まるのかとの恐怖に見舞われます。激震地であった神戸とは比較できない揺れであったとは思いますが、直ぐ近くの北大阪急行「桃山台駅」で震度6の記録があったらしいので、私の住んでいる高槻でも5~6位の揺れがあったものと思います。

先ほど、

NHKスペシャル MEGAQUAKE 巨大地震 
   第2回「KOBE 15秒の真実 そのとき地下で何が」


現代都市を直撃したメガクエイク、阪神・淡路大震災。わずか15秒の揺れがなぜあれほどの惨禍をもたらしたのか。最新科学が解き明かした地下のリスクの全貌を伝える。

という番組を見ましたが、体感的には「えー、15秒」という感じです。
ゴーという地鳴りと、その後の激しい揺れ。たった、15秒の出来事だったとは全く信じられません。
出演者の方が「非常に長い時間に感じられた」とコメントされていましたが、ほんと同感です。

我社では、高槻駅前店のカメラウインドが倒れて破損しましたが、震源地に近い大阪駅店はほとんど被害がほとんどなく、「Rollei35」と「SIGMAのレンズ」の2台だけが棚から落ちただけで済みました。たぶん地下の店であったことが幸いしたのでしょうか。

駅構内は地下に降りる階段に大きな段差ができたり、駅ビル「アクティ大阪」と駅舎の接合面に被害がありましたが、翌日からは無事営業できたことを思い出します。しかし、今でも神戸の地に足を踏み入れますと、いたる所で地震の傷跡を感じます。妙に新しい地域と旧来の街の混在、6千数百名の方々の犠牲を思い起こし、胸が痛くなります。

揺れという点では、その後起きた、鳥取県西部地震も記憶に残ります。その時は、地下の大阪駅店にいたのですが、なんというのでしょうか、長周期の長い揺れ、大きく左右に長く揺れる地震、直下型とは全く違う非常に気持ちの悪い揺れでした。地下だからの揺れなのかそういう地震波であったのか知りませんが、あんな揺れが大きなビルに最も影響を及ぼすという種の揺れなのでしょうか。

いずれにせよ、日本は地震国家。
番組の最後に、「メカニズムを解明しただけでは意味が無い。」との地震学者さんの言葉ありましたが、是非研究成果と防災をリンクさせる研究に頑張っていただきたいと思います。地震災害は防げませんが、被害を最小限に食い止めることはできるかもしれません。よろしくお願いしたいものです。


+++中古カメラ担当係+++

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このページは、㊥カメラ 担当係が2010年1月17日 21:50に書いたブログ記事です。

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